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もう一つのすごいADC(抗体ドラッグ複合体医薬):トロデルヴィ

前回の記事でご紹介したエンハーツとともに、もう一つ、すごいADC(Antibody Drug Conjugate、抗体ドラッグ複合体医薬)があると思っています。
それは、トロデルヴィ(Trodelvy)と呼ばれるADCです。

 

・・・というと語弊があるかもしれません。
他にも承認されたADCがいくつもあり、それらは優れた薬効があるからこそ、承認されて治療に使われているわけです。
それらの中で、なぜトロデルヴィを特別に取り上げるかというと、まず第一に、これが固形がんに対するADCだからです。

 

血液中の細胞が異常に増えてしまうがんを血液がんと言います。
白血球が増えてしまう白血病、リンパ球が増えてしまうリンパ腫などがそれです。
一方、血液ではない、固形の臓器・組織の一部が異常に増殖してしまうがんのことを固形がんと言います。
肺がん、大腸がん、乳がん胃がん、肝臓がんなどが固形がんであり、がんの80%以上が固形がんです。
死因となるがんの種類としても、その上位は固形がんが占めます。

 

世界で最初に承認されたADCであるマイロターグは白血病急性骨髄性白血病)を治療する薬でした。
その後に開発されたADCも、その多くは、実は血液がんを治療するためのADCだったのです。
一般的に、血液がんの方がADCが効きやすい、と考えられています。
血液がんは血中に存在するものなので、血中に注射したADCがすぐに届くということが、その理由かもしれません。
固形がんの場合は、ADCが、血流からがん組織の中に入り込んでいく必要があるので、がん組織の中にまでなかなか十分な薬物の濃度に達しないということがあるのかもしれません。

 

固形がんに対するADCは、乳がんの治療薬であるカドサイラしかありませんでした。
2019年にエンハーツが承認されましたが、これも実はカドサイラと同じHER2陽性乳がんに対する薬だったのです。

 

「HER2陽性」とはなんでしょう?
HER2とは、細胞が増えるためのシグナルを受け取るアンテナの役割をするタンパク質の名前です。
細胞の表面に突き刺さって存在していて、細胞の外から来る「増えろ」というシグナル(これもまたタンパク質)をキャッチして、細胞の中にそれを伝えます。
これは別にがん細胞のためにあるタンパク質ではなく、正常の細胞が、正常に増えるために必要な部品なのです。
しかし、がん細胞では、HER2の機能が過剰になっており、そのためにがん細胞が異常に増殖してしまいます。
体が成長して大人になってしまってからは、ほとんどの細胞はもうそれほど増える必要はありませんので、HER2の量は正常な細胞ではすごく少なくなっています。
ただ、ある種のがん細胞ではHER2の量が多くなってしまっており、そのために異常に増殖してしまうのです。
この種類のがんは乳がんに多く、HER2が多くあることが特徴なので、HER2陽性乳がんとグループ分けして呼ばれているわけです。

 

カドサイラとエンハーツはともに、このHER2というがん細胞の表面に出ているタンパク質に結合する抗体を使ったADCでした。
HER2は正常の組織にはあまり出ていないので、これらのADCはがん細胞により選択的に結合してがん細胞を殺すドラッグを送り届けることができるわけです。

ただし、HER2が多く出ているのは、主には乳がんであり、また乳がんにおいても部分的であり、乳がん全体の15~20%と言われています。

同じ乳がんでも、HER2を出していない乳がんが多くあるわけです。
これらのがんに対しては、HER2に結合するように作られたカドサイラやエンハーツは、結合することができず、効きません。


HER2以外にもがん細胞に多く存在していて、正常な組織にはあまり存在しないタンパク質があります。
その一つがTrop-2と呼ばれるタンパク質です。
Trop-2も細胞が増えるのに必要な役割を果たしていると考えられていて、がん細胞ではその量が多く、正常組織では少ないのです。
Trop-2の良いところは、多くの種類のがんに存在していることです。
乳がんもそうですが、それ以外に、肺がん、尿路上皮がんなどにおいて、Trop-2が多く出ていることが知られています。
さらに重要なのは、HER2が出ていないトリプルネガティブ乳がん(TNBCと呼ばれます)というタイプの乳がんでTrop-2が出ているということです。
カドサイラやエンハーツでは治療できないTNBCタイプ乳がんを、Trop-2に結合するADCでは治療することができるのです。
TNBCタイプは乳がんの約15~20%を占めているものですが、乳がんの中でも特に悪性度が高いと考えられているため、このタイプに効く薬が長らく求めらていました。
そして、トロデルヴィがまさにそのTrop-2に結合するADCなのです。

 

この薬は、イムノメディックス(Immunomedics)というアメリカの会社(ADCを得意とする会社です)が開発しました。
転移性のTNBCタイプ乳がんの治療薬として、2020年の4月にアメリFDAに承認されました。
それも、ブレークスルーセラピー(画期的な治療薬)指定という、特に画期的な新薬に贈られる名誉のある称号をFDAから与えられての承認でした。
複数の治療を受けたにも関わらず、それらが効かなくなってしまい、もう治療法がなくなってしまった状態のTNBCタイプ乳がんに対して全生存率を大幅に改善する効果が第3相試験(ASCENT試験)で示されています。
トロデルヴィはさらに、TNBCタイプではないHER2陰性の乳がん(HR陽性/HER2陰性乳がん)についても第3相臨床試験を進めています。
このタイプは、乳がん全体の70%以上を占めるものなので、そこでも同様の有効性が示されると、乳がんの治療に大きな革新をもたらすことになります。
それに加え、肺がん、膀胱がん、前立腺がんにういても臨床試験が進行中です。
これらのがんにおいてもTrop-2が出ていることから、乳がんと同じように効く可能性があります。

 

このように、HER2が出ていない様々ながんにもTrop-2は出ていることがトロデルヴィの優れたところです。
そのことは良く知られているので、実は第一三共もTrop-2に対する独自のADCの開発を進めています。
DS-1062というコードネームで呼ばれているものがそれです。
こちらは、リンカーやドラッグがトロデルヴィとは異なっており、より高い安全性が期待できると考えられています。
同じTrop-2に対するADCという薬剤クラスの中で最も優れたもの、ベストインクラス(Best in Class/BiC)を目指すということで第一三共はこちらの開発も加速させているようです。
より改良されたADCが出てくれば、それだけ治療の成績が上がり、患者さんの利益となります。
ADCというがんに対するアプローチが有望だということが明らかになるにつれ、さらに改良されたADCが次々と開発されようとしているわけです。
希望が広がります。