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抗体ドラッグ複合体(ADC)医薬、ついに花開いたか!

ここ数年、抗体ドラッグ複合体医薬の開発が活性化しています。


抗体ドラッグ複合体は、英語で言うと、Antibody Drug Conjugate

ADCと略されることが多いので、ここでもADCでいきます。

ADCというのは、特定の薬の名前ではなく、薬の種類のことです。
下の図のように、抗体(青いY字の部分)低分子の薬(オレンジ)リンカー(緑)でつながったもののことをADCと呼びます。
抗体とドラッグ(低分子医薬)が複合体になっているということですね。

 

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ADCは、がんの治療薬であることがほとんどです。
抗体の部分は、がん細胞の細胞表面に存在するタンパク質、これを抗原と呼びます、にくっつきます。
そうすると、ADCはがん細胞に取り込まれて、細胞の中に入っていきます。
そこでリンカー部分が切れて、ドラッグが細胞の中で放出され、がん細胞を殺します。
一方、がん細胞ではない正常の細胞(正常の組織)にはこの抗原がないので、ADCがくっつきません。
この理屈で、がん細胞だけを殺して、正常の組織には悪影響を与えない、というのがADCの作用メカニズムになります。

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左のがん細胞(ピンク色)では、ADC薬が細胞に結合して中に取り込まれる。

がん細胞の中でリンカーが切れてドラッグが放出される。

右の正常の細胞(青色)にはADC薬が結合しない。


と聞くと、「なんと素晴らしい薬ではないか!」とお思いになる方も多いでしょう。

しかし現実は、残念ながら、なかなかそう単純にはいきません。

 

ADCというコンセプトは、実はかなり昔、1980年代くらいから既に存在しています。

これまでに、数々のADCの薬の開発が試みられました。
しかしそのほとんどが失敗してしまいます。
そうした中、しっかりと規制当局に承認された最初のものがマイロターグという薬です。
ファイザー社とワイス社が共同開発し、2001年にアメリFDA承認されました。
これは、急性骨髄性白血病(Acute Myelogenous Leukemia、AML)という、血液のがん、白血病に対するADCです。
しかしその後、実際の臨床現場で使われるうちに、毒性が強いことがわかってきて、結局、2010年には市場から撤退するということになってしまいました。

 

なぜ、ADCはがん細胞だけを殺すことができるはずなのに、実際には毒性が出てしまうのでしょうか?
マイロターグは、あくまでも、がん細胞にしか結合せず、肝臓や心臓や腎臓といった、正常の組織にはくっつきません。
それなのに、そういった正常の組織に毒性が出てしまうのは、なぜでしょう?

 

それは、抗体の部分から外れてしまったドラッグが血中を漂い、正常組織を痛めつけてしまうためなのです。
この低分子ドラッグには、がん細胞だけを選択的に殺すような性質はありません。
がん細胞であろうが、正常細胞であろうが、殺してしまうのです。
抗体にくっついたままであれば、がん細胞に取り込まれて、がん細胞でだけ働くことができるのですが、抗体から外れてしまうと、もう無差別に細胞という細胞を痛めつけることになります。

 

ここに問題があることは明らかだったので、研究者たちは、この部分の改良に取り組みました。
体内で簡単にドラッグが外れず、がん細胞に入り込んだときのみに外れるようなリンカーの開発に努力を傾けたのです。
それに加え、がん細胞を殺すドラッグの方にも改良が加えられました。
まったく無差別にがん細胞も正常細胞も殺すのではなく、よりがん細胞だけにダメージが大きい(がん選択制が高い)ドラッグの開発が進みました。

 

こうした改良が地道ながらも進められ、徐々にADCは、そのコンセプト通りに働く薬剤へと進化してきました。
その成果が現れ始め、ここ数年の開発成功ラッシュにつながっていると言えるでしょう。


2001年承認のマイロターグ以降、2013年までは、アドセトリス(ホジキンリンパ腫、末梢性T細胞リンパ腫)、カドサイラ(乳がん)の2剤しか、承認されたADC薬はありませんでした。
それが、2017年以降は、ベスポンサ(急性リンパ性白血病)、ポリヴィ(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)、エンハーツ(乳がん)、パドセヴ(尿路上皮がん)、トロデルヴィ(乳がん)、ブレンレプ(多発性骨髄腫)の6剤が立て続けに承認されました。
さらに多数の有望そうなものが臨床試験中です。

 

まさにブームが到来といった感があります。
長い間の下積み期間で磨きをかけてきたADCが、ついにここで花開き、本来の高いポテンシャルを発揮できるようになってきていると見ることができます。
がん治療における中心的な存在になっていく可能性があります。


その中の一つに、日本の第一三共が開発したエンハーツという薬があります。
これは、転移性の乳がんに対するADC薬で、アメリカで昨年末、日本で今年の3月に承認されました。
次回はこの薬についてハイライトしてみたいと思っています。