新しいくすりの世界へようこそ!

病気に苦しむ患者さんに希望をもたらす新しいくすりについてのホットな話題をわかりやすくお伝えします

トランプが使った薬と使わなかった薬:使わなかった薬

さて、前編では、トランプ大統領の治療に使われた3つの薬を取り上げました。 

 

drkaito.hatenablog.com

 

これらの3つの薬が使われたと大々的に報道されている一方、これまで、新型コロナ治療薬の希望の星と持ち上げられていたのに、使われたとは報道されていない薬があります。
それを持ち上げていたのは、とりもなおさず、トランプ大統領自身であったにも関わらず、です。

 

そのまず一つ目は、ヒドロキシクロロキン(クロロキン)です。
7月ころには、トランプ大統領は、この薬の大サポーターであり、ことあるごとにこの薬を持ち上げ、すぐに承認するべきだと言っていました。
もともとクロロキンは、マラリアを治療する薬として開発されたものであり、実際に臨床で広く使われています。
しかし、新型コロナウイルスに対する治療効果については、複数の臨床試験の結果から、有効性がないとして、FDAはその緊急使用を撤回していました。
医師や科学者からなる専門家集団が、効果なしと判断したものですが、しかし、トランプ大統領は、これを、効くに違いないとする我が信念にしたがって、自ら予防的に服用していたと語っていたというから驚きです。
しかし、今回の感染後の治療において、この薬が活躍したという報道は見当たりません。

 

そしてもう一つが、新型コロナに感染して、それから回復した患者さんから採取した血漿を用いた療法です。
こちらは8月頃にさかんにトランプ大統領が宣伝していました。
新型コロナに感染し、回復した患者さんの血液の中には、新型コロナウイルスに対する抗体が含まれています。
これは、ウイルスと戦うために、体が自ら作り出した、いわば自作の薬です。
感染から回復したということは、この「薬」が効いたという証でもあります。
回復後も、このウイルス抗体は体の中に残り続けますので、これをいただいてきて、別の人の治療に使おうという作戦です。

 

血液を遠心分離すると出てくる上澄みの液、血漿と呼ばれる成分に、ウイルス抗体が含まれています。
これをさらに様々な方法で精製して薬として使います。
しかし、問題があります。
患者さんの体でできるウイルス抗体というのは一種類ではなく、実は人により千差万別なのです。
そもそも、体の中にある「抗体」という成分は、一種類の物質のことを指すのではなく、ちょっとずつ性質の異なるものが何百万と混ざったものなのです。
その中には、新型コロナウイルスに対して、ものすごくよく効くものもあれば、そうでもないものも、また全然効かないものも混ざっており、さらに言うと、どちらかというと悪い作用を持つものさえも入っている可能性すらあります。
そういう、違った性質のたくさんの種類のウイルス抗体が混ざって血漿に存在しているのです。
そのトータルの結果として、ウイルスを撃退する作用の方が上回っていた結果、患者さんは回復してきたと言えます。
ただし、患者さんによって、それぞれが持っている抗体の種類は違っており、またその量もまちまちです。
ですので、それを薬として用いる際に、一定の品質のものを安定して作り続けるということが難しいのです。
難しいというか、不可能です。
試験管内の模擬試験で、一定以上の抗ウイルス作用を持つ、という品質検定試験をして、それに合格したものを薬として用いるということはします。
ある一定以上の効果が(ある程度は)保証されていますが、ただ、すべてのロットが全く均一ということはあり得ません。
基本的に、どういう種類の抗体がどれだけ入っているかは全然わからないまま、トータルとして、ある程度のウイルス撃退活性を持つからOKだろうとしているだけ、ということになります。

 

新型コロナの感染が爆発的に広まるにつれ、同時に、感染から回復した患者さんの数も爆発的に増えました。
そういう人たちがすぐそこにたくさんおり、その患者さんは、体内で自然にできた「薬」を持っているわけだから、それを使えばいいじゃないか、というのは、自然な発想だと思います。
実際、この回復患者血漿を抗ウイルス薬として使うというアイデアは、別に、新型コロナで新たに出てきたものではなく、昔から別のウイルスでやられていた方法ではあります。
しかし、ここまで大々的に使われようとされたことはなく、初めての試みでした。

 

新型コロナに対する有効な治療薬がまったく見当たらなかった頃は、この患者血漿からとった抗体というものに、熱い期待が寄せられました。
それを開発する企業もいくつか現れました。
日本でも武田薬品が開発を進めています。

 

しかし、そこに、「モノクローナル抗体」を医薬品として開発する、という流れが追い付いてきたのです。
リジェネロン社のREGN-COV2はその一つであり、他にも、イーライリリー社をはじめ、たくさんの会社が似たようなモノクローナル抗体の開発を進めています。

 

先ほど、患者さんの血液の中には無数のウイルス抗体があると言いましたが、モノクローナル抗体とは、簡単に言うと、そのうちの、一つの種類だけを取り出して増やしたものです。
患者さんの体内にある抗体を取り出すこともありますし、別の方法(動物にウイルスを免疫するとか、ライブラリー法という方法を使ったりとか)で作ることもあります。
ポイントは、ある一種類の性質を持つ単一の抗体であるということです。

 

それのどこが良いかというと、体内にある雑多な抗体の中から、最も有効だと思われる種類の抗体だけを選んでこれる、という点です。
良い抗体だけを選んでいるわけですから、どうでもいいようなものがたくさん混じっている血漿抗体に比べて、より強く効く可能性があります。

 

その一種類の抗体だけを、遺伝子組み換え法、より平たく言うと、バイオテクノロジーによって、大量に生産することが可能です。
そうすると、機能的にも、品質的にも均一のものを、ずっと安定して生産することができるのです。
医薬品がどれを使っても同じ品質であることは重要ですから、これは非常に大きい利点です。

 

どういう考えが、トランプ医師団の頭にあったのかはわかりませんが、結局、あれだけトランプ大統領が「推し」ていた血漿抗体は、皮肉にも、自分自身の治療には使われなかったようです。